どっちが地球で、どっちが月か?

2008.2.24



美しい月は、蒼い地球が好きでした。
でも月は、地球の昼を知りませんでした。
昼間はお日さまがまぶしいくらいに照らすので、地球は月を忘れてしまうのです。
だから、月は寂しがり屋なのです。




音楽ガッタスの1stアルバム収録曲「地球と月 彼と私」
耳に馴染みやすいメロディーと、リリカルな歌詞が魅力の一つです。


彼に引き寄せられる現象を、引力に例えた、この歌。
でも、この歌詞に出てくる「彼」と「私」は、どっちが地球で、どっちが月だと言ってるのでしょうか?


このタイトル「地球と月 彼と私」をストレートに受け取るなら、答えは出ています。

地球=彼,月=私

ぼくも安易にそう思って、上に書いたようなサイドストーリーを想像(妄想)して楽しんでいました。
でも、本当に『地球=彼,月=私』で、いいのでしょうか?
歌詞を見ているうちに、わからなくなったので、
これを命題として、以下に証明していきたいと思います。






(proof)

この地球(ほし)は今夜も 月をつかまえて

月が私だとすれば、冒頭の「この地球は」の部分は「あの地球は」の方が自然です。
この曲は「私」の視点から歌われています。
だとすれば、地球に例えられているのが彼なのに「この地球」という表現は、妙です。
命題どおり、月が私だとすれば、こう書くのが通常です。

あの地球(ほし)は今夜も (この)月をつかまえて


一番最初に、ぼくが「どっちが地球で、どっちが月なの?」と引っかかったのは、冒頭の「この地球」という表現があったからなんです。



ただ、この表現がまったく当てはまらない訳ではないです。
ある場合においては、「あの地球」と修正することなく、この歌詞を見ることはできます。
それは「私」と「彼」の距離が、絶対的または相対的に見て、限りなく0(ゼロ)に近い場合です。
実際、二人が、かなり近い位置にいることを示す部分があります。

気が付けば私は あなたのとなりで

この状態にあるのなら、周りの人々に「この彼は、私をつかまえてるの」と紹介しても、おかしくはありません。



というわけで…『地球=彼,月=私』で行けそうなのですが、他にも問題点があります。

暗闇照らすため
光をもらうのでしょう moonlight

暗闇を照らすために、月の光(moonlight)をもらっているのは、地球です。
命題どおり、彼が地球とするならば、あとの表現と矛盾します。

気が付けば私は あなたのとなりで
微妙な距離のまま
温もり求めている gravity

この歌は「月から光をもらうように、あなたから温もりをもらっている」と言いたいわけですから、光をもらってるのは「私」でなくてはなりません。



よって命題は偽であり、
『地球=(彼以外のもの),月=(私以外のもの)』
である。 //



あ〜、疲れた。
思いつきから書き始めた記事でしたが、もともと論理的思考の持ち主じゃないので、、、
読んでいただいたみなさんも、お疲れさまでしたw
今回の証明から導き出されるのは、

地球と月の関係=彼と私の関係

は、成り立つが、
「彼」と「私」は、どっちが地球で、どっちが月というのは決まらないということです。


実際、逆の命題も立ててみたのですが『地球=私,月=彼』では、冒頭の

この地球(ほし)は今夜も 月をつかまえて

の部分が「私が彼をつかまえて」となってしまい、歌詞のイメージに合わなくなってしまいます。



おしまいに…
歌詞では「あなた」と書かれてるのに、という点。
タイトルを「地球と月 私とあなた」としなかったのは「私とあなた」という表現では、距離感が近すぎるからなんでしょうね。
「地球と月 あなたと私」でも同じ。
この書き方でも、まるで私のすぐそばに相手がいるように見えます。




彼と私は、距離は離れているのです。
地球と月のように。
そんなふうに離れているはずの私が彼にひかれる力、それこそが【gravity】なのです。
「傷付きたくなくて恋を遠ざけてた」はずなのに、ひかれる。
その微妙な距離感が、切ない。
本心では「ちゃんと抱き締めて欲しい」って言っちゃうくらい、激しい。
そう、
「聞こえないフリ」して近づいちゃうほど、止められない!



こんなストーリーが見えてくるのも、この歌の魅力です。
「1st GOODSAL」の中でも、気に入ってる曲です。
http://youtube.com/watch?v=kYHV-84XmXk